離れる時間が、子どもの新しいスイッチを押す。佐久平からはじまる親子ワーケーションの可能性/「旅する育児 山いく」内保 亘

事例紹介 

従来のワーケーションに、保育機能や親子で楽しめるアクティビティをかけ合わせた「親子ワーケーション」という考え方。日常を離れて屋内外問わず知的好奇心を刺激する活動に参加したり、同世代の子どもとふれあえたり、子どもにとっても旅行では味わえない体験をできるのが特徴です。

里山の風景がひろがる佐久穂町を舞台に7月23日から26日の4日間、親子ワーケーションプログラム『旅する育児 山いく※』が実施されました。

※一時保育予約サービス「あすいく」を運営する株式会社grow&partnersとJR東日本スタートアップ株式会社が共同開催した事業です。

「山いく」が掲げるのは「子どもが主役のワーケーション」。親のワーケーションに子どもが帯同するのではなく、子どもが主体となる体験型プログラムです。

大人はワークスペースで気兼ねなく普段の仕事に取り組み、息抜きに地元散策。子どもは野外保育でたっぷり自然に触れ、最終日には親子揃ってローカル線の車両見学など特別な鉄道体験も。

「子どもも大人も、何も予定されていない中での偶然の出会いや発見を心の底から楽しむこと。それこそが自然の多い環境でおこなう親子ワーケーションの醍醐味です」

そう話すのは、今回、企画に参加した子どもたちの受け入れ先となった佐久穂町「認定こども園ちいろばの杜(以下、ちいろば)」の園長・内保亘さん。

子どもたちはこの3日間、ちいろばに通う園児と、園や地域の大人たちと大半の時間を過ごしました。

初めての場所で親元を離れて過ごす時間。どのような気づきや学びがあったのでしょうか。内保さんにプログラム中の子どもたちの様子、親子ワーケーションの可能性について伺いました

カリキュラムはあえて用意せず、大人も子どもも余白を楽しむ

ー子どもたちのプログラムの4日間のうち、3日間はちいろばの園児たちと活動をともにしていました。ほとんど親御さんと別々に過ごした時間だったと思いますが、どんな雰囲気でしたか?

まず、初日の姿がとても印象的でしたね。来てくれた子どもたちは、慣れないこの環境に対して抵抗を示すんじゃないか。あるいは不安な表情を見せるんじゃないかと思っていたんですが、むしろ開放された様子で。お母さんの元を離れても、園児たちとすぐに馴染んだので、僕たちもとても安心しました。

ーこの3日間の過ごし方について教えてください。

実は、この3日間は具体的なカリキュラムを用意していたわけではありませんでした。あらかじめ決まっていたのは「どんなご飯をつくるか」だけ。子どもたちがこの環境にとびこんで関心を持ったものを基に、その場で活動内容を考えて取り組みました。

1日目に顔合わせをして、2日目は森で遊びましたが、子どもたちは初めて見るものに対する感度がとても高くて。こちらがノコギリを使いだしても、火起こしをしても「やってみたい!」と言ってくれました。

ーノコギリも火おこしもなかなかできる経験ではないですよね。
実は、川に行ったり野菜の収穫をしたりした中で、この3日間で一番盛り上がったのが水鉄砲。初日にめいっぱい水鉄砲で遊んで大人気だったので、今日もやることにしたんですよ。

誰かれ構わず水鉄砲を向けてはしゃぐ子どもたち

ーここに来たとき、いきなり子どもたちに水をかけられてびっくりしましたが、こちらも楽しい気分になりました。子どもたちがのびのびと遊んでいる様子は伝わってきたのですが、なぜカリキュラムを決めないのでしょうか。

せっかく広々とした大きな自然に抱かれた環境の中なのに、時間に縛られてカリキュラムをこなしていくのはもったいないじゃないですか。むしろ余白を楽しむことが大切だと思うんです。何も予定されていない中での偶然の出会いや発見を心の底から楽しむこと。それが自然の多い環境でおこなうワーケーションの醍醐味だと思っていますし、子どもだけじゃなく、大人にもここでの楽しみ方を感じてほしかったんです。

ー子どもだけでなく大人も。

そう、今日は川遊びの途中からワーケーション中のお母さんたちにも合流してもらったのですが、その時間がとてもよくて。「子どもの面倒を見なきゃ!」という気持ちではなく、ただ自然を感じて「こんな素敵なところがあるのね」って思ってくれるだけで意味があると思うんです。そういう時間ってすごく大事だと思っていて。

ー親子だけでの旅行では、どうしても子どもに意識が向いてしまいますが、保育者や地域の方が子どもを見てくれるので、親もしっかり気分転換できそうです。子どもたちは初日にすんなりこの環境に溶け込んだとのことですが、他に印象的だったことはありますか?

印象的なことといえば、参加してくれた子で僕のことをずっと「先生」って呼んできた子がいたんです。だけど、ちいろばでは保育士を先生とは呼ばず、僕は普段みんなから「わたにぃ」って呼ばれているんですね。その子が何度も「先生」って呼ぶからその度に「先生じゃないよね」と修正しました。「あぁそうだった!」と言い直すけどやっぱりまた先生と呼ぶ。

ーこれまで先生だと思っていた存在が先生じゃない。それも、子どもにとっては新しい体験ですよね。


そう、その子の中では混乱が起きているんです。だって「大人は教えてくれる存在だ」って思っていたから。だけど実は、子どもも大人も関係ないんです。この空間にいるみんなが「一緒に遊ぶし、一緒に学ぶ存在」だと思ってもらえていたら嬉しいですね。

参加者の声を聞いてみました

今回のプログラムには東京から全3組7名の親子が参加。参加者の中から2組の親御さんに話を伺いました。

東京都在住の矢野さんはテキスタイルの会社で企画生産に携わっています。
今回は生後4ヶ月のお子さん、5歳のお子さんの3人での参加。

ー現在、産休中とのことですが、このプログラムに参加したきっかけは?

コロナ禍の3年間、夏に家族ででかける思い出をまったくつくれなかったことが参加の大きなきっかけです。上の子は1歳から3歳まで家の近所でしか遊ぶことができなかったんです。私の産休中にたっぷり自然に触れる機会をつくってあげようと思っていましたが、家族だけだとできることが限られる。だからこの企画を見つけたときは「これだ!」と思いました。

ーお子さんの反応は?

自分で遊びを見つけたり、おもしろいことをやっている子について真似たりと、楽しんでいる様子を見てで安心しました。家族以外の人との交流があると子どもにとってもいい経験になりそうですね

同じく都内から5歳のお子さんと2人で参加した花井さんにもお話を伺いました。普段は建設コンサルタントに勤務。プログラム中はリモートワークをされていました。

ー今回はなぜこのプログラムに参加したのですか?

 たまたま長野を訪れたときに読んだ新聞で企画を知りました。ワーケーション自体初めての参加でしたが、仕事をしている間に子どもを預かってもらえると参加しやすいですよね。子どもと切り離した環境でないとなかなか仕事ができないので、保育していただいている間に仕事ができるのはありがたいです。

ー参加してみていかがですか?

やっぱり東京に住んでいると人口密度が低い環境で自然と触れ合える機会ってなかなかなくて。子どもは子どもで活き活きとしていましたし、私もいつもの職場環境とは違う場所に身をおいて仕事をするのが楽しかったですね。

遊びをまねて自分のものに。親と離れることで入るスイッチ

ー「山いく」は「子どもが主役のワーケーション」が大きなテーマです。参加したご家族にはどんなことを持ち帰ってもらいたいですか?

子どもたちには幼児期に世界の美しさやおもしろさ、多様性にたくさん出合ってほしいなって願っています。

僕が「川に遊びに行くよ!」って言ったときに、ある子に「え?何して遊ぶの?」って言われておもしろいなぁと思ったんです。川に行ってどんな遊びをするかなんて考えたことなかったから、とても新鮮な問いでした。

今回の参加者は東京から来た方が多く、圧倒的にこの土地とは環境が違いますよね。都会には都会の遊びがあるし、長野には長野の遊びがあります。

ー環境が違えば、遊びも違う。都会で暮らす子どもたちの疑問は、内保さんにとっても意外なものだったんですね。

そして、それは良いことだと思いました。参加した子どもたちには「こんな世界知らなかった」って思ってもらえることが一番ですよね。わずかでもここでの思い出が原風景として残り、今後の人生の選択肢の幅が広がってくれたら嬉しいです。

ーそんな非日常の時間のなかで、親子がそれぞれの時間を過ごすタイミングが多かったかと思います。親子別々で過ごすことは、子どもにとって負担にはならないですか?

親子で一緒にいると、子どもが甘えちゃったり、大人も構ってあげちゃったりして入らないスイッチがあるんです。ところが、親じゃない僕たち大人だったり、他の子どもたちと一緒だと、普段入らないスイッチが入る。

たとえば、参加者の子たちは、同年代のちいろばの園児たちがどんな風にノコギリを使うのか?どう水と向き合うのか、どう川での遊ぶのかをよく観察していましたね。遊び方をちょっとずつ真似して、自分のものにしようってスイッチが入るんです。本当に子どもたちは周りをよく見て真似ている。その姿を見ていて僕自身も「なるほどなぁ!」と驚かされることばかりでした。

ー日常生活や家族での旅行では、「周りから学んで、自分のものにしよう」という感覚にはなりにくいのでしょうか。

そうですね。子どもを見ていると「少しでもうまくなりたい」とか「おもしろいものをつかもう」といった気持ちは常に持っているけど、身を置く環境によってスイッチのオンオフは切り替わるんです。親といるときはオフになりがちです。


自分の知らなかったものを得ようとする気持ちは生きていく上で必要なものですし、その気持ちを持つ子はどこでだって生きていけると思いますよ。


ーこの3日間のお話からも、好奇心がくすぐられた子どもたちの様子がよく伝わってきました。

「自然は危ない」って感じる親御さんも多い中で、我が子をひとりで、しかも知らない人のもとに送り込むって相当勇気がいることです。人によっては、親子でワーケーションをすることに対して「子どもに負担をかけていないかな」と後ろめたく感じてしまう人もいるかもしれない。

だからこそ、僕はこのプログラムに参加してくれたことをすごいと思っていて。「こういう世界もあるかもしれないから参加させてみよう」「うちの子は大丈夫」とお子さんを信じてみることって実は何にも増して大事なことかもしれません。

3歳と1歳の子どもを持つ親の立場としても、内保さんの話に耳を傾けた今回の取材。

毎日の家事、育児、仕事の時間のやりくりを考え、こなしていくだけで精一杯になりがちな日々の中で、休日のちょっと特別な過ごし方といえば家族旅行が主な選択肢となっていました。
家族での思い出づくりにとどまらず、非日常の体験を通じて子どもの成長を促す親子ワーケーション。家族との過ごし方の新たな選択肢として可能性を感じました。親の仕事と子どもの成長できる機会が両立する企画として今後も広がりを見せそうです。

※1月下旬に、今度は雪遊びをたっぷり楽しめる「冬の山いく」を実施予定です