リトリート型ワーケーションという提案 現代の湯治を「のりくら高原」で/藤江佑馬

コーディネーター紹介 

中部山岳国立公園内にあり、乗鞍岳の麓に位置する乗鞍高原。豊かな自然を身近に感じられる場所であるとともに、「ゼロカーボンパーク」に選定され、持続可能な観光地づくりを推進している地でもあります。今回は乗鞍高原エリアでワーケーションを推進する役目をもちつつ、自らも「ゲストハウス雷鳥」を経営する藤江佑馬さんに、乗鞍高原の取り組みについて伺いました。

学生村として繁栄した乗鞍高原、ワーケーションの現在地

―乗鞍高原のみなさんがワーケーションに着目した理由は?

乗鞍にある民宿やペンションは、歴史を振り返ると「学生村」から始まっているそうです。60年以上前、都会の学生や研究者が避暑地である乗鞍に滞在して勉強することが人気となり、民宿ができ始めました。乗鞍が長期滞在をしながら何かに集中することに適した地であることは、歴史的にも証明されているんです。

それに長期滞在って、みんながハッピーになる滞在。お客さんにとっては、その土地を本当に理解することができて、満足度も向上します。サービス提供側は、連泊してもらえると掃除やリネン交換の負荷も減りますし、移動に伴うCO2も削減できるという点では環境面にも優しい。

このような視点から、長期滞在で乗鞍を楽しめるワーケーションを推進しています。

「長期滞在のワーケーション」について具体的に教えてください。

私たちが提案するのは「リトリート型ワーケーション」です。

乗鞍高原は中部山岳国立公園内にあり、付近にはコンビニも派手な看板もありません。豊かな自然を味わうことのできる散策コースがいくつも整っていますし、泉質の異なる温泉が4種もあります。自然豊かでノイズレスな温泉地という環境は、日常を離れて自分と向き合い、心と身体を癒やすのにぴったりです。

例えば朝は早起きをしてハイキング、日中は集中したい事柄に向き合い、夜は満点の星空に胸を高鳴らせつつ、温泉でまったり…といった過ごし方ですね。リフレッシュして、また一歩前に踏み出すための準備をこの乗鞍高原でしてもらえたらと思っています。

危機感と使命感。未来を見据えて描く、“30年後の乗鞍高原”

乗鞍高原では地域ぐるみで様々な取り組みをされているそうですね。

いま、乗鞍高原はいくつもの危機に瀕しているんです。

特に気候変動問題が深刻です。昨今頻発している雪不足で、冬場の主要な観光産業であるスキー場では全面滑走できない状況が続くシーズンも出てきています。そうすると、冬の収入源がなくなってしまうんです。

植物も気候変動の影響を受けやすいですし、この山岳地帯の環境が変わってしまうと、僕らの暮らしは様々な面で変化してしまうだろうと危惧しています。

他にも人口減少や観光振興など、いくつもの課題を抱えたこの地が持続可能なかたちで発展していくため、地域住民や行政が一体となって、「のりくら高原ミライズ」を策定しました。30年先を見据えた地域づくりや魅力ある観光地づくりのためのビジョンを、地域のみんなが一丸となって作り、アクションプランも設定しています。

―具体的には?

例えば、乗鞍高原の魅力を知ってもらう機会としてワーケーションを推進し、宿泊施設でワーケーションプランを用意したり、仕事ができるカフェの情報発信をしたりなど、滞在環境の整備をして、乗鞍高原全体をワーケーション拠点とする地域づくりに挑戦しています。 

他にも、乗鞍高原の魅力を楽しめる自然散策ルート「のりくら高原トレイルズ」を2022年夏に開設しました。トレイルヘッド(スタート地点)を作り、ハイキングとマウンテンバイク、それぞれのオリジナルコースを自然にやさしい形で整備したものです。乗鞍岳登山だけでない選択肢を用意することは長期滞在にも繋がりますし、観光地の中でのCO2の排出削減にもなります

 

 

―みなさんの原動力となっているものは何でしょうか。

乗鞍高原は、環境省から日本第1号の「ゼロカーボンパーク」に登録されました。また、「脱炭素先行地域」にも選ばれています。そして、そもそも地域のみなさんが乗鞍をとても愛していて、この自然を未来に引き継いでいきたいという強い思いを持っているんです。

そうした背景もあって使命感をもっているのと、実際に危機を体感しているこそ、この地域を持続するためにという想いで取り組んでいます。

事業承継でゲストハウスを起業。時代が追いついた「現代の湯治」

藤江さんご自身も、もともと環境について興味をお持ちだったのですか

はい、もともと環境問題にとても興味があって。新潟大学理学部で自然環境を学んでいました。

新卒で民間気象情報会社であるウェザーニューズに入社し、営業職に。気象データをもとにした情報を提供し、コンサルティングを行うといった業務をしていました。

―転機は?

30歳になった時、10年後の自分がどういうポジションに就いて何をしているかが想像できてしまったんですよね。

あと、自分で自分の時間をコントロールしたい、仕事が全ての人生じゃないなという思いが芽生えて。例えば1ヶ月休暇を年1回は取得したいなと考えたら、起業するしかないと思ったんです。

―候補地は他にもたくさんあったかと思いますが、乗鞍を選ばれた理由は?

実は学生時代に、乗鞍に近い同じアルプス山岳郷エリアにあるさわんどの旅館でアルバイトをしたことがあったんです。

そのとき、このエリアや上高地へ遊びに出かける機会もあり、山々の景色が間近にある乗鞍にいつか住みたいなと思っていました。

そして、縁があって乗鞍高原にあった宿を事業承継し、自分がオーナーとなって2016年にオープンしたのが「ゲストハウス雷鳥」です。

―「ゲストハウス雷鳥」では長期滞在のプランを以前から用意されていたそうですね?

僕が宿を引き継いだ当初から、「現代の湯治」を実現できる宿を目指していたんです。オープン当時から一応長期滞在できるプランは出していたんですけど、実は全然売れなくて。

日本人のライフスタイルでは、長期で温泉地に滞在する文化が全くなかったんですよね。けれど、コロナ禍になってリモートワークが普及したら、仕事をしながらの長期滞在の旅スタイルが浸透してきて。ようやく時代が来たなという感じです(笑)

―現代の湯治!「ゲストハウス雷鳥」の乳白色の温泉は、本当にリラックスできます。

そうですね、やっぱりこの宿の温泉はとっても好評です。

僕は人目を気にして温泉に入ってほしくないと思っていて。1人でどっぷり温泉に浸かって、考える時間とかリラックスする時間にしてもらいたいので、「ゲストハウス雷鳥」では温泉を予約制にして、貸切で提供しています。

―藤江さんから見た乗鞍高原の魅力は?

とにかく誰に対しても優しい自然のフィールドがあるところですかね。本当に自然との近さが尋常じゃないというか。宿泊施設も自然に近くて、一歩出れば散策道が広がります。

さらに乗鞍岳も2700mまでバスで行けちゃいますし。そんなフィールドって類い稀だと思います。

―日々取り組まれているなかで、嬉しいなって思うのはどんなときですか。

例えば登山をされている人たちにとっては、乗鞍って結構知られていると思うんです。

けれど、今まで乗鞍を知らなかった人たちが何かの縁でここに来て、自然に触れるなかで「すごく乗鞍良かったです、最高でした」って言ってもらえると嬉しいですね。さらに、その人がリピーターとなって、別のシーズンにも「帰ってきました」と言って来てくれることもあって。

僕を含め、住民たちが愛してやまない乗鞍を、もう1人新しく好きになってくれる人が出た瞬間がやっぱり好きですね。乗鞍を気に入ってくれたんだなって、めちゃくちゃ嬉しくなります。

―大自然のすぐ隣で仕事をするという非日常のワークスタイル、ぜひ乗鞍高原で体験して欲しいですね。

<リトリートとは>非日常の空間でリフレッシュをするためゆっくりと過ごす、新しい旅のスタイル。観光地を巡る旅行とは違い、自分自身の心や身体に向き合い、本来の自分に戻ることを目的とする。

公式サイト

https://workation.norikura.gr.jp/